たれくま界隈ばなし

日常雑感、作曲、俳句、写真など

作曲:近作3曲の音源ファイル

近作3曲の音源ファイルです。合唱や独唱とピアノ、ピアノとフルートの曲です。

最初の2つは歌詞がついていますが、音はflatの出力ですので歌詞は入っていません。

どちらも某作曲コンクールに応募しましたが、結果はどうなることやら・・・。

3曲目のピアノとフルートの曲は、ウクライナから避難してきたバレリーナさんに贈った曲で、バレエで踊ることができる曲です。この曲はNHK神戸を経由してご本人に届けることができました。先日ご本人に会いましたが、とても喜んでいただくことができて、嬉しいかぎりです。

いずれも楽譜の閲覧(PDFファイル)はメッセージをいただければ対応いたします。

 

HO・MU・RA  -混声合唱とピアノのための4つの歌曲-

曲は4曲(序章 火はまだ たき火囲んで 終結)から成っていますが、連続して演奏されます。全体で約7分30秒です。

https://drive.google.com/file/d/1kWDu_GNkpIr4pbXYNTow6gwupijLZYVA/view?usp=drive_link

 

希求 ーアルト独唱とピアノのための「半ばできあがりの天国」ー

アルトの歌詞は、スウェーデンの詩人トーマス・トロンストロンメルの詩「半ばできあがりの天国」の日本語訳です。この詩はスウェーデン語で、残念ながら邦訳は出版されていません。日本語訳は原詩を英語の訳しそれを参考にして、さらに日本語に訳したそうで、訳者は不詳です。

全体で約5分です。

https://drive.google.com/file/d/1ivE-2qK4BQyTrc1Eq1ZUE2hwt2n7f3zP/view?usp=drive_link

 

歌詞は

 

半ば出来上がりの天国

 

失意はその歩みを断ち切る。
不安もまた、その歩みを断ち切る。
禿鷲は飛翔を中断する。

切実な光が溢れ出し、亡霊でさえ息を呑む。
そして、私たちの絵画は昼の中へと現れる。
氷河期のアトリエに描かれた、赤い動物たちとして。

すべてのものが、周囲を見渡し始める。
私たちは幾百となって太陽の中へ歩み入る。
一人ひとりが、半ば開いた扉であり、
その先には、私たちすべてのための一つの部屋がある。

尽きることのない大地が、私たちの足下に広がり、
樹々のあいだでは水がきらめく。

湖は、大地へと開かれた一つの窓である。

 

作者は2011年にノーベル賞を受賞していますが、日本にはその作品があまり紹介されていないようです。

トーマス・トロンストロンメル(1931~2015)

3つの歌 ーバレエとピアノのためにー 

編成はピアノとフルートです。悲しみの歌、蝶の歌、明日の歌の3曲から成っていますが、音源ファイルには連続して入っています。最初の「悲しみの歌」の中間部はウクライナで現在歌われている民衆歌「紅いカリーナは草原に」の引用です。全体で約5分です。

https://drive.google.com/file/d/1MryT3EIUHaBF3NxAgWVXZE1ZtLan5EUE/view?usp=drive_link

「紅いカリーナは草原に」の動画は、

https://drive.google.com/file/d/1Uay1vw7atN2vUXDdt1s9TmJ4VrezCOs4/view?usp=sharing

 

この民衆歌に触発されて、たれくまは次の詩を書き、曲と同時にバレリーナさんに渡すことができました。

 

私たちは・・・


踊りよ 花になれ
歌よ 地を覆え

かの地に 栄光あれ
私たちに 栄光あれ

虐げられた人たちよ
私たちは 側にいる
私たちには それができることの全てだから

踊りよ 花になれ
歌よ 地を覆え

私たちは希求する

かの地に 栄光あれ
私たちに栄光あれ

崩れた ビル
見捨てられた 泥の靴
道に放り投げられた からだ
所在なげに彷徨う 犬

それは 私たちだ

踊りよ 花になれ
歌よ 地に満ちよ

私たちは いつでも 側にいる

 

 

 

時事:仏大統領マクロンの発言、狂ってる・・・

政治ネタは好きでない。むしろ積極的には話さない。気心の知れた、ごく内輪でしか話さない。

 

原子力潜水艦を背景にして核軍拡を叫ぶ仏大統領マクロン(2026年3月)

 

しかし・・・。びっくりした。

「マクロン氏はこの日、仏北西部ブルターニュにあるのロング基地で原子力潜水艦を背に演説を行った。」

「「今後50年は核兵器の時代になる」と述べた。」

BBC News Japan の記事。

www.bbc.com

気は確かか? おまえはトランプ以上に狂っているのか?

音楽: お守り

お守りとして、外出の鞄に入れているのがこれ。

ベートーヴェン 交響曲第5番 ピアノスコア 日本楽譜出版社

これは「教科書」。動機とその展開、主題労作、主題の対比、展開、変奏、楽式、和声、対位法などなど。

無いのはオーケストレーションだけ、くらい。

読み物のない時には読んだり見たりする。僕は楽譜を「見る」のも好き。僕は残念ながらソルフェージュがそんなに得意じゃないから、楽譜を見てすぐ音が浮かぶタイプじゃない。音まで聞こうとすると、意識的な努力が必要になる。これは自分が書いた譜面でもそう。でも楽譜を「見る」と色々と面白い。これはまたいつか書けたら書く。

写真のピアノスコアは今でも売っている。日本楽譜出版社。

俳句:祝卒業! 解題あり

をみなごの 立ち居清けし 春近し

 

をみなご(少女・娘・女の人)という古語使って端正感をだした。中七は美しい、綺麗、かわいい、ではなくて清楚な感じを遠回しに言った。。後五、卒業だからね。これだと下心は見えないでしょ? いや、下心? ないことはないけどないよ(笑)。おっさんはクサい、キタナい、キショいがセットのように思われてるから、そこからは遠いよ、ってアピール。

贈ったった(笑)。

LINEの既読ついてないけど、見たらどんな顔するか、が見たいな。「ふんっ」で終わったりして・・・。

友達にこんな7+7くっつけたら短歌やんって、で、こんな7+7くれた。

① 新しき靴 まだ硬からず

② 昨日までの 君にはあらず

それ、言い過ぎやんか。説明が過ぎて、仄かな下心が見え見えやんか。「節度の美学」じゃ。

作曲:休符がぁ・・・

休符が書けん。

マーチとかいわゆるAメロ+Bメロ+サビみたいな「歌」は、アイデアがあって、それをフレーズにまでちゃんとできていれば(まあこれもしんどいけど)、あとは、勝手に、とはいわんけど、まあ「自動的に」いける。休符で迷うことはあんまりない。

今やってるのはアルト+ピアノの歌曲。ピアノは伴奏でなく、いわばアルトとピアノの二重奏みたいのやし、スタイルは「現代音楽」風。アイデアはいいと思う。一応書く。それの譜面を渡したのを、アルトさんとピアノさんは何回も音にしてくれた。で、今日ピアノさんがコメントを持ってきてくれた。

ここのピアノはいらないわよ。こことここの点だけ有ればいいんと違うの? う~ん、言われてみれば確かにそう。でも最初からそうは書かれへん。なんか休符いれて放っておくと、スカスカみたいで、心許なくて、それにサボってる、みたいで。それで適当な音を知ったかぶりしていれてる。

ここはアルトに任せたらいいじゃん。あとは勝手にやるわよ。う~ん、そうやね。しかしそれがなかなかねえ・・・。

色々考えて休符をしっかり書くんやなぁ。もうギチギチの設計図みたいに。フェルマータはそれらしいところにしか付けへん。なんなら「ここは○○ミリセカンドお休み」みたいなことまでしてしまいそう(やれへんけど)。

いわれてみれば、そんな譜面渡されたら演るほうは息苦しいやろねえ。『音、沈黙と測りあえるほどに』やないけど、なんとなく沈黙で音をつくりたいし音で沈黙を表したいと考えてる僕にとっては、休符は音符書くようにはいかん。音価は同じやけど、重みが違う。そんな目で武満徹の音を聴いたり譜面をみたりすると、うまいなぁ、と思う。

 

もうすぐウグイスが鳴き始める。ホーホケキョの「ホー」のところはアタックはないし、静寂からいつの間にか立ち上がる。あれってどうやって記譜するのやろ? 一時そんなことを考えてた。いきなり♩じゃあかんやろなぁ。

 

今書いてるアルト+ピアノの二重奏。がんばって記譜せんとな。ウグイスは幸運なことに出てこんけど。

武満 徹 (1930/10/08 ~ 1996/02/20)

 

俳句:暁の五位鷺の飛翔、解題付き

五位鷺の 飛翔強けし 暁に
五位鷺が季語。結構デカい鳥。それが明け方のまだ暗さの残っている空を飛んでいる。それだけの風景。
何を感じるかは皆さんの自由。
楽しんでください。

音楽: ショスタコーヴィチがあと10年・・・、遺作ヴィオラソナタ

ショスタコーヴィチがあと少し、10年くらい長生きしていたら、どんな曲を書いたんだろう?

遺作「ヴィオラソナタ」を聴いていて思った。ヴァイオリンでもチェロでもない、ヴィオラを使ってる。10年の後にもっと透明で、叙情的で、ほとんど音のない音楽、書いたんだろうな。そんな曲、書いてみたい。

youtu.be

3楽章全部すごい。冒頭が完全4度の堆積。交響曲第5番の有名な第4楽章の完全5度の決然とした佇まいの後に辿り着いた、まあ、涅槃の境地。

ショスタコーヴィチはソ連当局との闘争を続けて、でも民衆を味方につけて、当局へのゴマすり作品も実は・・・、という激動の作曲家が最期に辿り着いた平穏。

未聴の人は是非。3楽章はベートーヴェンの「月光ソナタ」の自由な引用。後期作品におなじみのDSCHのサインなんか、もういらない。俺ももうベートーヴェンと同じ眠りに就く、そんな感じ。泣ける。

ショスタコーヴィチ (1906~1975)